実践 地域工務店による「生涯顧客」のつくり方

新建ハウジングプラスワン10月号

第2回 飲食業をステップに総合事業展開に取り組む

第2回 飲食業をステップに総合事業展開に取り組む

富山県高岡市の地域工務店・プロデュース。「お客様や地元の人たちとの絆を深め、生涯にわたって本気でお付き合いしていく」という新川篤志社長の信念のもと、自然派生的にインテリア・家具、カフェ・レストラン、ウェディング、まちづくりと事業領域を拡大。限られた商圏の中で、一人ひとりの顧客との関係性の密度を極限まで高めながら、地域の人たちに対して豊かなライフスタイルを提供していく経営手法が注目を集める。縮む住宅産業市場で、企業の二極化と選別淘汰が加速する中、新川社長は「小さな工務店こそ、いますぐ『生涯顧客』をつくる仕組みを整えなければ生き残りの道はない」と訴える。
全6回の本連載では、「志を同じくする全国の仲間とともに“工務店ブランド”を確立しながら、それぞれの地で、地元の人たちのために将来にわたって経営を持続していこう」と呼びかける新川社長が、生涯顧客をつくる実践的ノウハウを解説する。第2回は、工務店による総合的事業展開へのステップとなる「飲食業」について解説する。(編集部)

本業を強化・成長させる飲食業

前回、お話したように、リフォームから起業し、新築主体へと事業を拡大していく中、住宅産業の市場が将来的に縮小していくことへの対応策を常に考えていました。本業(建築)とは別の分野で新しい事業の柱を構築しながら、なおかつ本業を補完するような事業はないか、というのが考え方のベースにありました。
 いろいろ検討した結果、最終的に決定したのが飲食業でした。もともと飲食など、いわゆる「サービス業」に強い興味を持っていました。特に飲食業は「まずい、おいしい」「店員の態度・接客マナー、店の雰囲気が良い、悪い」「楽しい、楽しくない」「おしゃれ、おしゃれじゃない」といったお客様にとっての第一印象や一瞬ごと感想が、判断基準の全てで、初めて来店していただいたときに悪い印象を与えると、そのお客様は二度と来てもらえません。しかも、そのお客様は、それをその場で言ってくれるわけではありませんから、お客様の声を随時いただきながらブラッシュアップしていくという方法がとりにくい上、そのお客様の印象が評判として口コミでより大きく広がる可能性があります。
私は「この瞬間ごとに結果(評価)が下されるスリル(緊張感)は建築では味わえないもの」と感じるのと同時に「軌道に乗せることができれば、そのサービス業のノウハウやスキル、おもてなしの心は建築にフィードバックできる」と考えました。また、成功すれば、たとえば家づくりを考えている地元の人や、すでに当社で家を建ててくれたお客様が来てくれることによって、新しい潜在的な顧客と既存顧客との「接点」の場として継続的に機能します。店舗から、住宅会社としての当社の企業イメージをゆるやかに発信し続けることもできます。
 こうして、新たな事業の柱を構築するとともに、そこで得られた知見のフィードバックによって本業を強化するためと位置づけ、レストランとカフェを主体とする「ケイル」を6年前にスタートしました。

リノベ店舗で建築屋の本領発揮

 その際に大きなポイントになったのが店舗が入る建物です。どうせなら、「地元の建築屋」ならではのセンスや技術を表現できるような建物がないかと探しました。そこで候補として挙がったのが、会社からあまり離れていない同じ高岡市内にある、現在、ケイルを運営する建物です。
施設面積493㎡の建設会社の倉庫として使われていた古い木造の建物で、当社が入手する前は、手芸店やマンガ喫茶などとして活用されていました。車が入りやすくて広い駐車場が確保できる立地条件や建物の大きさに魅力を感じ、培ってきた設計と建築の技術を生かして、地域のランドマークにしたいとの思いも込めてデザインとリノベーションを行いました。
工事の前は天井裏になっていた木骨のトラスがデザイン的におもしろいため、天井を全てはがしてあらわしながら、大空間の魅力を生かすようにしました。
設計者とは別に、アートディレクターも採用して、多様性のある店舗づくりを目指した。当初からグループ企業の多角経営も視野に入れての計画だったため飲食、家具、グリーンの3業態が入るライフスタイルショップとしました。インテリアのイメージは、北欧と富山の融合です。店内に3本のヤマボウシ(高さ7メートル)を地植えして緑のあるみずみずしい空間を創出しています。素材は、手づくり、手仕事がテーマにあったため、できるだけケミカルな素材は避け、温かみのある自然素材を多用しました。物件に高さがあったため、2階部分を新設(木造)し、その下を厨房、2階部分を客席にして店舗収容人数を増やしました。

建築と飲食のブランドを統一化

飲食業の運営開始直後から、比較的、順調な業績を積み上げられているのも、建物が持つ魅力は大きいと思っています。逆説的に考えると、建築屋が飲食業をスタートする際、建物の魅力をとらえる目利きの力を備えていることと、さらに魅力的にリノベできるデザイン力や技術力を備えているということは、大きなアドバンテージになりますし、飲食業向きだととらえています。
 ただし、そうして、いわば「外枠」や「入れ物」を固めた後、今度は、実際のサービス方針やメニュー構成を固めていくところが、本業以外のことになりますから、難しいところになります。当社では、ここのところも、もちろん専門家と相談はしますが、基本的には自社のスタッフの話し合いによって決定していきました。そのほうが、その後の店舗運営に魂が入りますし、なにより本業の建築とカフェ・レストランの雰囲気との親和性が生まれます。これはトータルのブランドイメージの発信で大きな意味を持ちます。
ケイルでは、「住まう家族の幸せや健康で快適な暮らし」を第一に考える本業の住宅建築とブランドの統一性を意識し、「食べる人を幸せにするような、笑顔にするような、オーガニックな食材やまじめで丁寧な料理」をベースに据えたメニューとしています。食材は、野菜をはじめ旬のものを地元の農家さんから直接仕入れます。幅広い年齢層のお客様に居心地よく過ごしてもらうために、カフェの雰囲気を大事にしながらも、オムライスやパスタなど「みんなが好きなもの」を数多く取りそろえています。接客は「お食事をしていただく場所ではなく、楽しく幸せな時間を過ごしてもらう場所」というコンセプトに基づき、「ほどよい距離感の接客」を心がけています。

暮らしの一環に食を位置づける

地元におけるケイルの評判は上々です。住宅事業も、ケイルを含む狭い商圏をマーケットとしていますから、住宅のOB顧客が頻繁に来店してくれたり、ケイルをきっかけに住宅のことを知り、本業の新しい顧客獲得につながったりと、飲食だけでも予想以上の効果を創出できています。
 この飲食業の成功によって、家具やインテリア、ウェディングなど、その後の展開につながりました。飲食業については、人材育成について多くのことを学ばせてくれたり、顧客との接点を仕組み化するというノウハウも構築できたわけですが、そのへんの詳細については後の回で解説します。
当社では、「家をつくるのが当社の役割ではない。ストーリーや暮らしをつくるのが役割」と明確に位置づけていますから、「住」に加えて、暮らしに欠かせない「食」の分野を手掛けていくのも自然な流れだと認識しています。結論を述べると、地場工務店にとって、飲食業は総合的事業展開=生涯顧客化のステップを築く上で最適なビジネスと言えます。
 なによりも、地域の人たち、特に女性や若者たちが「集まることができる場」を生み出すということは、目には見えない様々な効果を生みます。当社が拠点を置く高岡市のような地方都市では、にぎわいの場の創出は地域(社会)貢献でもあります。それを工務店が行うということは、ビジネス以上の価値があり、それは、どんな形であっても、必ず地域からの評価として返ってきます。
また、地方都市には潜在的な利用価値の高い建物が有休施設として使われずに空いているケースがありますから、それを地域の元気やにぎわいを生み出す施設に生まれ変わらせるということを実績として行う効果も地元に対して、非常に大きな意義があるのです。
 次回は、さらに地域貢献性の高い当社が関わっている「まちづくり」について解説します。