実践 地域工務店による「生涯顧客」のつくり方

新建ハウジングプラスワン9月号

第1回 暮らしのあらゆる場面で顧客とつながる

第1回 暮らしのあらゆる場面で顧客とつながる

富山県高岡市の地域工務店・プロデュース。「お客様や地元の人たちとの絆を深め、生涯にわたって本気でお付き合いしていく」という新川篤志社長の信念のもと、自然派生的にインテリア・家具、カフェ・レストラン、ウェディング、まちづくりと事業領域を拡大。限られた商圏の中で、一人ひとりの顧客との関係性の密度を極限まで高めながら、地域の人たちに対して豊かなライフスタイルを提供していく経営手法が注目を集める。縮む住宅産業市場で、企業の二極化と選別淘汰が加速する中、新川社長は「小さな工務店こそ、いますぐ『生涯顧客』をつくる仕組みを整えなければ生き残りの道はない」と訴える。全6回の本連載では、「志を同じくする全国の仲間とともに“工務店ブランド” を確立しながら、それぞれの地で、地元の人たちのために将来にわたって経営を持続していこう」と呼びかける新川社長が、生涯顧客をつくる実践的ノウハウを解説する。第1回は、概論的に生涯顧客創造の必要性を説く。(編集部)

なぜ生涯顧客化が必要なのか

生涯顧客モデルまず、はじめに、「生涯顧客」をつくることの大切さについてご説明します。縮む住宅産業市場で、ビルダーや工務店は会社規模の大小についても二極化が加速し、それにあわせて企業の選別淘汰も進むだろうと考えています。そうした市場で、地方の小さな工務店が元気に経営を持続するためには、必然的に限られたエリアの限られた顧客との関係を深めていく以外に道はないと思います。その関係性の密度を高めることが「生涯顧客化」であり、それは地域工務店にとって、生き残りの前提条件とも言えるのではないでしょうか。
 ただ、一口に生涯顧客と言っても、家づくりや修繕の機会は、そう頻繁にあるものではないため、実際に訪問活動などを行っていたとしても、具体的な「つながり」を継続的に確保することは難しいと言わざるを得ません。
 では、いかにしてそうした顧客や潜在顧客でもある地域の人たちとの接触機会を増やし、絆を深めていくかを考えると、「住宅に限定しなくてもいいのではないか」という発想が自然と導き出されます。その背景には、近年、生活者が工務店に対して、家づくりやメンテナンスだけでなく、ライフスタイルそのものの提案を求めているというニーズの変化もあります。
 だとすれば、住まいのことをきちんと当たり前に行うことは当然として、そこでの暮らしも含めて家族がさらに楽しく豊かになるようなライフスタイル提案ができるならば、事業領域を広げていくべきではないか、それは生活者からも求められているのではないかと考えています。
 そんな観点でとらえると、家族の暮らしの先には、まちづくりや地域の活性化などに対して、地域に根差す工務店としてどう関わっていくかという課題も、現実的なテーマとして浮かび上がってきます。当社では、地域の空き家対策を入り口に、コミュニティビジネスとしてまちづくりや活性化を目指す取り組みを始めています。
 こうした一連の取り組みは、全て「生涯顧客を創造する」という理念の延長線上にあるものなのです。地域での暮らしのあらゆる場面で、地域の人たちとつながり続けていることにより、その一部として住宅の仕事も自然と流れ込んでくるというイメージです。本連載では当社が実際に展開している事例として、「生涯顧客のつくり方」を解説します。

建築事業は持続可能な状況を確立

 当社は現在、人口約17万人の高岡市内で、建築(新築・リフォーム)を核に、不動産、インテリア・家具、カフェ・レストラン、ウェディングといった事業を展開しています。6年ほど前から、建築と不動産以外の事業を本格的にスタートしました。年間売上は10億円余りで、グループ全体の従業員は50人ほどです。
 そのうち工務店の売上は約7億5000万円で、商圏は半径5㎞以内。建築に携わる社員は10人で、そのうち女性が7人を占めます。新築は年間20棟程度、リフォームは大小あわせて約280件を手掛けます。毎月、新築と並行して常時20~30件のリフォーム現場が稼働していますが、建築に関しては、ほとんど営業を行っておらず、追客も一切しません。9割以上が紹介とリピートですが、すでに現時点で年内の仕事は目いっぱいで、これ以上は受けられない状況となっています。規模を大きくしたり、エリアを広げることは考えていませんから、建築事業に関しては、現状のまま持続的に経営していけると見通しています。
 こうした状況をつくり出す大きな要因となっているのが、他の事業を通じてのお客様や地域の人たちとの接触であり、全体の認知度やブランドの浸透なのです。
 私は、自分たちが行っているスタイルを、“多角経営” とはまったく考えていません。「幸せと笑顔をつくる企業体」として、全ての事業を通じて、ライフスタイルを創造し、提案しているのです。そもそも建築についても、「住宅をつくることが仕事ではない。暮らしの物語や夢をつくるのが自分たちの仕事だ」と考えてきました。そう考えると、いまの形は必然であるように思います。今後、各地域の工務店が限られた商圏で生きていく道を選択した場合、ライフスタイル創造・提案企業への転換が生き残りの必須条件となる以上、体制や環境整備はできるだけ早く着手すべきだと思います。

リノベ店舗がライフスタイル提案の拠点に

 私は大工を経て、31歳の時にプロデュースを起業しました。 創業当初から、中古住宅の買取・再販事業を手掛けるなど、建 築と不動産を一体的に行ってきたことが自社の強みの一つで、 その後の様々な展開にも有効でした。家づくりについては、お 客様に対してハードの提案はあまりしません。その代わり、家 族でどんな暮らしをしたいか、どんな夢を持っているかは徹底 的にヒアリングし、それを実現できるプランを提案します。
 今の事業形態の基盤となったのが、6年前に古い木造トラス 構造の工場をリノベーションしてオープンした店舗「KHEIR (ケイル)」です。インテリアや家具、カフェ・レストランが入 るお店で、結婚式の披露宴やパーティー会場としても利用され ます。ケイルはギリシャ語で「手」という意味で、「手づくり、 手しごと、手料理と私たちはすべてのことに“人の手” を入れ ることを大切にしています」というメッセージを店名に込めま した。それまでずっとあたためていたライフスタイルを提案す る場所をつくりたいという思いを形にできました。富山県内で は「おしゃれなスポット」として有名になっていて、週末は大 変なにぎわいです。
 こうした取り組みは、典型的な地方都市という市場で、大工 から経営者になった私が経営する地域工務店が行っていること で、特殊な条件やノウハウはありません。「ライフスタイルを 創造・提案し、生涯顧客をつくる」というブレない信念を持ち、 いくつかの押さえるべきポイントさえ押さえれば、全国どこで もだれでも同じことを実現することが可能だと考えています。
 次回からは、そのポイントや各事業について解説しながら、 最終的には「地域工務店による生涯顧客化」を仕組み(システ ム)として構築し、維持・運営していくノウハウを提示します。